クリトリスって移動したんだって!
ニューヨーク・タイムズより引用
目は見るためにあるし、鼻は嗅ぐためにある。ヒトの体の働きには、その多くがはっきりした目的を持っている。ところが、そう単純には説明できないモノもいくつかある。生物学者たちにとって、解明しきれていないナゾの現象の一つが女性のオーガズム(性的絶頂)だ。
オーガズムは女性の「親密な関係」において大切な役割を果たしているのだが、筋肉の収縮やホルモンの分泌、強い快感といった現象の由来については解明できていなかった。研究者たちが過去数十年間にさまざまな仮説を提示してきたが、どれも広く受け入れられていない。
それがこのほど、2人の進化生物学者が、古代からの歩みを再構築し、新しい学説を打ち出した。2人は8月1日出版の学術誌「The Journal of Experimental Zoology(実験動物学ジャーナル)」に発表した論文で、(女性のオーガズムは)1億5千万年以上前の哺乳動物に起源があり、受胎のための排卵を促す反応だったと結論づけている。
「オーガズムについて、これまで私たちはヒトなど霊長類に限ってみられる現象としてきた」とミヘイラ・パブリチェフは言う。コネティカット医科大学の進化生物学者で、論文の筆者の一人でもある彼女は「そのルーツを探るために、他の種についてももっと探究するということをしてこなかった」と指摘する。
男性のオーガズムについては、進化生物学者の間ではあまり関心を向けるほどの問題ではない。その快感は、男性の遺伝子を次世代に引き渡す最も重要な過程の射精とリンクしており、快感がより多くの精子の排出を促す。それは進化的に都合がいいからだ。しかし女性の場合は、その進化の過程を把握するのは簡単ではない。オーガズムの最中に生じる筋肉収縮は受胎に不可欠な反応ではない。また、ほとんどの男性は性交時にオーガズムに達することができるが、女性は必ずしもそうではない。
2010年のある調査によると、直近のセックスでオーガズムを得た女性は35.6%だった。その理由の一つは、クリトリス(陰核)の位置が女性器から物理的に離れているという解剖学的構造にある。それでも科学者の多くは、女性のオーガズムが生物学上の何らかの機能を果たしているとみている。だから、それが何なのかを突き止める必要があるのだ。 「私の直感では、情動と大いに関係があり、性的な絶頂期の強い快感は生殖の結果としてもたらされるのではないか」。ペンシルベニア州立大学の進化人類学者デービッド・A・プッツの見方である。
しかし、インディアナ大学の哲学者エリザベス・A・ロイドはこうした見方に否定的だ。彼女は2005年に出版した著書「The Case of Female Orgasm(女性のオーガズムに関する研究)」で、それまでに提示されたオーガズムの機能についての学説のうち計18説を検証した。その結果、どの学説も十分なエビデンス(科学的な根拠)がないとの結論に至ったとしている。結局、ロイドが最も妥当と考えたのは、女性のオーガズムには進化上、何の役割もないという説である。それは男性のオーガズム進化の副産物にすぎないという見方だ。つまり彼女は、女性にとってオーガズムは男性の乳首のようなモノとみなしている。
ところが、今回の研究論文を書いたパブリチェフと、共著者であるエール大学のグンター・P・ワグナーの2人によると、女性のオーガズムは古い時代の哺乳動物にまでさかのぼることができる長い進化の歴史があるいうのだ。二人の学者は、他の動物の生殖に関する理解を深めるため、これまでに出版された学術誌などを丹念に読み込み、ツチブタ(訳注=主にアフリカのサバンナや森林に生息し、シロアリを食べる哺乳動物)やコアラなどまで幅広く資料を集めて研究を始めた。
そして、多くの哺乳動物のメスは交尾時にオキシトシン(訳注=子宮筋の収縮作用がある下垂体後葉ホルモン)とプロラクチン(訳注=催乳ホルモンとも呼ばれ、乳汁分泌作用がある下垂体前葉ホルモン)を分泌することを突き止めたという。オキシトシンとプロラクチンはヒトの女性もオーガズムの際に分泌する。この他にも、多くの哺乳動物のメスはそれぞれ独自の生殖活動をしてきたことも分かった。
たとえば、ヒトの女性の排卵は毎月あるが、ウサギやラクダなどのメスはオスと交尾した後でだけ排卵する。ヒトのように一定の周期で排卵するよう進化した哺乳動物は、さほど多くないこともパブリチェフとワグナーの研究で浮かび上がった。ヒトも含め、古代の哺乳動物のメスの排卵はオスとの交尾によって起きていたのだという。初期の哺乳動物は、雌性生殖器内にクリトリスがあった。それが、排卵が一定の周期で起きるように進化した動物の場合はクリトリスの位置の移動も起きた。こうした事実を基礎に、パブリチェフとワグナーは、女性のオーガズムは妊娠を促す作用として進化した反応であると指摘する。
初期の哺乳動物は交尾した時にクリトリスが脳に信号を伝え、ホルモンを分泌させて排卵を促す。受精すると、それが子宮に着床させるホルモンが分泌する。これは、オスと出会う頻度が少ない哺乳動物のメスにとって都合が良い。しかし、私たちヒトなど霊長類を含む何種かの哺乳動物は社会的な集団として歩み出した。そうした種のメスはオスと日常的に接触できるようになり、排卵機能のためのオーガズムは不要になった。私たちヒトの女性の先祖は新しいシステムを進化させたのである。それが、定期的な排卵だ。
かくしてオーガズム本来の目的は失われ、クリトリスはもともとの位置から移動した。この移動について、ワグナーは進化過程における感知システムの解体との見方をしている。つまり、旧来のシグナル伝達機能は不必要になったというわけである。ロイドもプッツも、今回の研究成果が女性のオーガズムをめぐる論争に新たな刺激をもたらすとして歓迎している。
今回の新しい学説はどのように女性のオーガズムが進化してきたかという点に光を当てたが、パブリチェフとワグナーは、今日の女性にとってのオーガズムの役割に関する論議にはまだ決着がついていないと言っている。「それにはあらゆる可能性が残されている」とワグナーは言う。(抄訳)
(Carl Zimmer)
(C)2016 The New York Times(ニューヨーク・タイムズ)
目は見るためにあるし、鼻は嗅ぐためにある。ヒトの体の働きには、その多くがはっきりした目的を持っている。ところが、そう単純には説明できないモノもいくつかある。生物学者たちにとって、解明しきれていないナゾの現象の一つが女性のオーガズム(性的絶頂)だ。
オーガズムは女性の「親密な関係」において大切な役割を果たしているのだが、筋肉の収縮やホルモンの分泌、強い快感といった現象の由来については解明できていなかった。研究者たちが過去数十年間にさまざまな仮説を提示してきたが、どれも広く受け入れられていない。
それがこのほど、2人の進化生物学者が、古代からの歩みを再構築し、新しい学説を打ち出した。2人は8月1日出版の学術誌「The Journal of Experimental Zoology(実験動物学ジャーナル)」に発表した論文で、(女性のオーガズムは)1億5千万年以上前の哺乳動物に起源があり、受胎のための排卵を促す反応だったと結論づけている。
「オーガズムについて、これまで私たちはヒトなど霊長類に限ってみられる現象としてきた」とミヘイラ・パブリチェフは言う。コネティカット医科大学の進化生物学者で、論文の筆者の一人でもある彼女は「そのルーツを探るために、他の種についてももっと探究するということをしてこなかった」と指摘する。
男性のオーガズムについては、進化生物学者の間ではあまり関心を向けるほどの問題ではない。その快感は、男性の遺伝子を次世代に引き渡す最も重要な過程の射精とリンクしており、快感がより多くの精子の排出を促す。それは進化的に都合がいいからだ。しかし女性の場合は、その進化の過程を把握するのは簡単ではない。オーガズムの最中に生じる筋肉収縮は受胎に不可欠な反応ではない。また、ほとんどの男性は性交時にオーガズムに達することができるが、女性は必ずしもそうではない。
2010年のある調査によると、直近のセックスでオーガズムを得た女性は35.6%だった。その理由の一つは、クリトリス(陰核)の位置が女性器から物理的に離れているという解剖学的構造にある。それでも科学者の多くは、女性のオーガズムが生物学上の何らかの機能を果たしているとみている。だから、それが何なのかを突き止める必要があるのだ。 「私の直感では、情動と大いに関係があり、性的な絶頂期の強い快感は生殖の結果としてもたらされるのではないか」。ペンシルベニア州立大学の進化人類学者デービッド・A・プッツの見方である。
しかし、インディアナ大学の哲学者エリザベス・A・ロイドはこうした見方に否定的だ。彼女は2005年に出版した著書「The Case of Female Orgasm(女性のオーガズムに関する研究)」で、それまでに提示されたオーガズムの機能についての学説のうち計18説を検証した。その結果、どの学説も十分なエビデンス(科学的な根拠)がないとの結論に至ったとしている。結局、ロイドが最も妥当と考えたのは、女性のオーガズムには進化上、何の役割もないという説である。それは男性のオーガズム進化の副産物にすぎないという見方だ。つまり彼女は、女性にとってオーガズムは男性の乳首のようなモノとみなしている。
ところが、今回の研究論文を書いたパブリチェフと、共著者であるエール大学のグンター・P・ワグナーの2人によると、女性のオーガズムは古い時代の哺乳動物にまでさかのぼることができる長い進化の歴史があるいうのだ。二人の学者は、他の動物の生殖に関する理解を深めるため、これまでに出版された学術誌などを丹念に読み込み、ツチブタ(訳注=主にアフリカのサバンナや森林に生息し、シロアリを食べる哺乳動物)やコアラなどまで幅広く資料を集めて研究を始めた。
そして、多くの哺乳動物のメスは交尾時にオキシトシン(訳注=子宮筋の収縮作用がある下垂体後葉ホルモン)とプロラクチン(訳注=催乳ホルモンとも呼ばれ、乳汁分泌作用がある下垂体前葉ホルモン)を分泌することを突き止めたという。オキシトシンとプロラクチンはヒトの女性もオーガズムの際に分泌する。この他にも、多くの哺乳動物のメスはそれぞれ独自の生殖活動をしてきたことも分かった。
たとえば、ヒトの女性の排卵は毎月あるが、ウサギやラクダなどのメスはオスと交尾した後でだけ排卵する。ヒトのように一定の周期で排卵するよう進化した哺乳動物は、さほど多くないこともパブリチェフとワグナーの研究で浮かび上がった。ヒトも含め、古代の哺乳動物のメスの排卵はオスとの交尾によって起きていたのだという。初期の哺乳動物は、雌性生殖器内にクリトリスがあった。それが、排卵が一定の周期で起きるように進化した動物の場合はクリトリスの位置の移動も起きた。こうした事実を基礎に、パブリチェフとワグナーは、女性のオーガズムは妊娠を促す作用として進化した反応であると指摘する。
初期の哺乳動物は交尾した時にクリトリスが脳に信号を伝え、ホルモンを分泌させて排卵を促す。受精すると、それが子宮に着床させるホルモンが分泌する。これは、オスと出会う頻度が少ない哺乳動物のメスにとって都合が良い。しかし、私たちヒトなど霊長類を含む何種かの哺乳動物は社会的な集団として歩み出した。そうした種のメスはオスと日常的に接触できるようになり、排卵機能のためのオーガズムは不要になった。私たちヒトの女性の先祖は新しいシステムを進化させたのである。それが、定期的な排卵だ。
かくしてオーガズム本来の目的は失われ、クリトリスはもともとの位置から移動した。この移動について、ワグナーは進化過程における感知システムの解体との見方をしている。つまり、旧来のシグナル伝達機能は不必要になったというわけである。ロイドもプッツも、今回の研究成果が女性のオーガズムをめぐる論争に新たな刺激をもたらすとして歓迎している。
今回の新しい学説はどのように女性のオーガズムが進化してきたかという点に光を当てたが、パブリチェフとワグナーは、今日の女性にとってのオーガズムの役割に関する論議にはまだ決着がついていないと言っている。「それにはあらゆる可能性が残されている」とワグナーは言う。(抄訳)
(Carl Zimmer)
(C)2016 The New York Times(ニューヨーク・タイムズ)
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