名L【やり直し】第2回
名L【やり直し】第2回
第1回
『あなたはどうなんですか?』
深津紗羽(ふかつ・さわ)がぽつりと言った。
「どういう意味?」
『再婚のことです・・。』
「まさか。していないよ。」
『どうしてなの?』
「どうしてって。この年だし、仕事が忙しいし、それに・・・なかなか女性と知り合う機会もないよ。」
『そんなことないと思うわ。宗晴さんはハンサムだから・・。』
四方宗晴(しかた・むねはる)の胸が疼いた。《『宗晴さん』か・・・そう呼ばれたのは久しぶり―――5年ぶりだ。》
「僕はハンサムなんかじゃない。金持ちでもない。・・おまけに女房を他の男に奪われるような、情けない男だ・・。」
「・・・・」
紗羽の顔が哀しげに曇った。
「・・・すまない。僕は相変わらずだ。過去のことは忘れるなんて言っておいて、僕にはとても出来そうにない。」
『当然だわ。あなたには私を責める資格があるんですから・・。』
「・・・・・・」
宗晴は思い返す。5年前の・・あの日のことは忘れられない。あのとき目にした光景は胸の奥に今も生々しい傷跡を残し、折につけてじくじくと痛んでいる。
それは雨の日だった。商談相手の都合でて急に出張が取りやめになり、雨の降りしきる中、宗晴は夜遅くになって自宅へ帰ったのだ。鍵を開け、玄関へ入ってすぐに異変に気づく。見たことのない男物の靴がそこにあった。そのときに感じた戦慄は、今でもはっきりと覚えている。
静かな家の中は雨の音以外、何も聞こえなかった。音を立てないように宗晴はゆっくりと廊下を進み、汗ばんだ手で寝室の戸を開けた。そこで目にしたものは、今でも夢の中に時々出てくる。ベッドの上には二人・・・紗羽と、そしてもう一人の男。最悪なことに、その男は宗晴のよく知っている男だった。二人は裸で絡み合っていた。そして―――夫婦は終わった。
「あのとき、君は何も語らなかった。何も言い訳をせずに、ただ『ごめんなさい』、『離婚してください』と言うばかりだった。僕は君を憎んだ。怒りのあまり殴りさえした。それでも君は何も言わなかった。最後には何もかもどうでもよくなって、離婚に同意をした。」
宗晴は一気にそう語ってから、ほうっとため息をつく。
「正直に言うよ。今でも時々そのことを悔やんでいる。」
『あなたには本当に悪いことをしてしまいました。』
気がつくと、紗羽の瞳が潤んでいた。
「・・・いや、たしかに僕はあの頃いい夫じゃなかった。仕事にかまけて夫らしいことを何ひとつ・・・。だから今でもずっと後悔しているんだ。」
『いえ、あなたはいい夫でした。それは私が誰よりもよく知っています。』
紗羽は小さな、しかしはっきりした声でそう言った後、上目遣いに宗晴を見た。
『ごめんなさい。それならなぜあんなことになったんだ、と仰りたくなったでしょう。』
「いや・・・そん・・。」
一瞬否定しかけた宗晴だったが、ふと黙ってグラスを見つめる。
「そうだな、正直に言ってそう思ったよ。」
『ごめんなさい。』
「もう謝らなくてもいいから・・・。ただ・・・理由を教えてくれないか。そうでなければ、僕はいつまでも先に進めそうにないんだ・・。」
元妻の紗羽は瞳を伏せ、また哀しい顔をする。形のいい額の下で、長い睫が震えていた。
やがて―――紗羽は顔をあげた。
2016/05/13
第1回
『あなたはどうなんですか?』
深津紗羽(ふかつ・さわ)がぽつりと言った。
「どういう意味?」
『再婚のことです・・。』
「まさか。していないよ。」
『どうしてなの?』
「どうしてって。この年だし、仕事が忙しいし、それに・・・なかなか女性と知り合う機会もないよ。」
『そんなことないと思うわ。宗晴さんはハンサムだから・・。』
四方宗晴(しかた・むねはる)の胸が疼いた。《『宗晴さん』か・・・そう呼ばれたのは久しぶり―――5年ぶりだ。》
「僕はハンサムなんかじゃない。金持ちでもない。・・おまけに女房を他の男に奪われるような、情けない男だ・・。」
「・・・・」
紗羽の顔が哀しげに曇った。
「・・・すまない。僕は相変わらずだ。過去のことは忘れるなんて言っておいて、僕にはとても出来そうにない。」
『当然だわ。あなたには私を責める資格があるんですから・・。』
「・・・・・・」
宗晴は思い返す。5年前の・・あの日のことは忘れられない。あのとき目にした光景は胸の奥に今も生々しい傷跡を残し、折につけてじくじくと痛んでいる。
それは雨の日だった。商談相手の都合でて急に出張が取りやめになり、雨の降りしきる中、宗晴は夜遅くになって自宅へ帰ったのだ。鍵を開け、玄関へ入ってすぐに異変に気づく。見たことのない男物の靴がそこにあった。そのときに感じた戦慄は、今でもはっきりと覚えている。
静かな家の中は雨の音以外、何も聞こえなかった。音を立てないように宗晴はゆっくりと廊下を進み、汗ばんだ手で寝室の戸を開けた。そこで目にしたものは、今でも夢の中に時々出てくる。ベッドの上には二人・・・紗羽と、そしてもう一人の男。最悪なことに、その男は宗晴のよく知っている男だった。二人は裸で絡み合っていた。そして―――夫婦は終わった。
「あのとき、君は何も語らなかった。何も言い訳をせずに、ただ『ごめんなさい』、『離婚してください』と言うばかりだった。僕は君を憎んだ。怒りのあまり殴りさえした。それでも君は何も言わなかった。最後には何もかもどうでもよくなって、離婚に同意をした。」
宗晴は一気にそう語ってから、ほうっとため息をつく。
「正直に言うよ。今でも時々そのことを悔やんでいる。」
『あなたには本当に悪いことをしてしまいました。』
気がつくと、紗羽の瞳が潤んでいた。
「・・・いや、たしかに僕はあの頃いい夫じゃなかった。仕事にかまけて夫らしいことを何ひとつ・・・。だから今でもずっと後悔しているんだ。」
『いえ、あなたはいい夫でした。それは私が誰よりもよく知っています。』
紗羽は小さな、しかしはっきりした声でそう言った後、上目遣いに宗晴を見た。
『ごめんなさい。それならなぜあんなことになったんだ、と仰りたくなったでしょう。』
「いや・・・そん・・。」
一瞬否定しかけた宗晴だったが、ふと黙ってグラスを見つめる。
「そうだな、正直に言ってそう思ったよ。」
『ごめんなさい。』
「もう謝らなくてもいいから・・・。ただ・・・理由を教えてくれないか。そうでなければ、僕はいつまでも先に進めそうにないんだ・・。」
元妻の紗羽は瞳を伏せ、また哀しい顔をする。形のいい額の下で、長い睫が震えていた。
やがて―――紗羽は顔をあげた。
2016/05/13
- 関連記事
-
- 名L【やり直し】第1回 (2016/04/29)
- 名L【やり直し】第2回 (2016/05/13)
- 名L【やり直し】第3回 (2017/01/16)
コメント
コメントの投稿