中Ⅱ31『しかし今だけは』第1回
中Ⅱ31『しかし今だけは』第1回
(原題:賢者の贈り物 完全版 作者:懺悔 投稿日:2014/10/11)
山口剛史(やまぐち・つよし:27歳)の足取りは重い。それはうだるような暑さの所為(せい)ばかりとは言い難い。スラックスのポケットに仕舞いこまれたハンカチは、彼の額から流れ落ちる汗を一日中吸い込み、もはや用を為さなくなってしまっていた。
もう少し足の回転を上げて、早く帰社しなければ、またどこで道草を食っていたのだと中澤(功一:なかざわ・こういち:40歳)課長にいびられるのは目に見えている。かといって、早く帰ればそれを回避できるのかといえば、その可能性も限りなく皆無に等しい。山口の右手にぶら下がるバッグの中には、まっさらのままの契約書が詰まっていた。山口剛史の名誉のために補足をするならば、彼は営業中に道草を食ったことなど、ただの一度もない。そう、ただの一度もである。
しかし彼の成績は、部下を苛めることに恍惚を覚える中澤課長でなくとも、目を覆いたくなるほどに酷いものだった。重ねて補足をするならば、山口はとても真面目な人間だが、それに伴い馬鹿正直という性質を併せ持つ。その性格は厄介な事に、少々、時には目をつぶってでも、そう誇張してでも自社商品をアピールしなければならない、という彼の現在の営業と言う職務においては、その性格が問題になることは想像に難くなかった。
しかし、その事自体は仕方がない。人には向き不向きがある。当然山口だって努力はしていた。営業マン向けのセミナーに自腹で通ったりもしている。問題は、何故彼がキリキリと突き刺すような胃の痛みに耐えてまで、そんな仕事を続けなければならないのか、だ。その理由を説明するには、時計の針を過去に戻さなければならない。といっても何もそれほど大仰なストーリーがあるわけではない。むしろ陳腐とすら言える。
山口は子供のころから温厚で、無口で、しかし思慮深かった。放っておけば友達そっちのけで、部屋の隅で粘土で遊んでいた。当然好きな授業は工作で、そのまま工業系の高校、そして大学の工学部に進学する。そしてさらには中小企業ではあるが、技術部門に就職出来た。給料こそそれほどでは無かったが、彼は日がな半田ごてやインパクトドライバーに囲まれて幸せだった。山口は根っからの技術者である。
休みの日には、模型を作る程度の趣味しかなかった彼には貯えがあった。それで昨年25年ローンで購入した3LDKのマンションには、同様に昨年結婚したばかりの彼の妻と住んでいる。名前を樹里(じゅり:27歳)と言う。化粧が薄く、着飾ることも好まないため、ぱっと見、どこか地味な印象を拭えない女性だが、よくよく見ると、すっと通った鼻筋に、厚く大きな唇と、どこかラテン系の美しさを持つ顔つきをしている。自分自身には無いものを、男女は求め合い、そして惹かれあうとはその通りで、朴訥とした無表情の山口剛史とは正反対に、彼女の表情はとても豊かで、まるで太陽のような笑顔を咲かせていた。 第2回へ
2018/05/11
(原題:賢者の贈り物 完全版 作者:懺悔 投稿日:2014/10/11)
山口剛史(やまぐち・つよし:27歳)の足取りは重い。それはうだるような暑さの所為(せい)ばかりとは言い難い。スラックスのポケットに仕舞いこまれたハンカチは、彼の額から流れ落ちる汗を一日中吸い込み、もはや用を為さなくなってしまっていた。
もう少し足の回転を上げて、早く帰社しなければ、またどこで道草を食っていたのだと中澤(功一:なかざわ・こういち:40歳)課長にいびられるのは目に見えている。かといって、早く帰ればそれを回避できるのかといえば、その可能性も限りなく皆無に等しい。山口の右手にぶら下がるバッグの中には、まっさらのままの契約書が詰まっていた。山口剛史の名誉のために補足をするならば、彼は営業中に道草を食ったことなど、ただの一度もない。そう、ただの一度もである。
しかし彼の成績は、部下を苛めることに恍惚を覚える中澤課長でなくとも、目を覆いたくなるほどに酷いものだった。重ねて補足をするならば、山口はとても真面目な人間だが、それに伴い馬鹿正直という性質を併せ持つ。その性格は厄介な事に、少々、時には目をつぶってでも、そう誇張してでも自社商品をアピールしなければならない、という彼の現在の営業と言う職務においては、その性格が問題になることは想像に難くなかった。
しかし、その事自体は仕方がない。人には向き不向きがある。当然山口だって努力はしていた。営業マン向けのセミナーに自腹で通ったりもしている。問題は、何故彼がキリキリと突き刺すような胃の痛みに耐えてまで、そんな仕事を続けなければならないのか、だ。その理由を説明するには、時計の針を過去に戻さなければならない。といっても何もそれほど大仰なストーリーがあるわけではない。むしろ陳腐とすら言える。
山口は子供のころから温厚で、無口で、しかし思慮深かった。放っておけば友達そっちのけで、部屋の隅で粘土で遊んでいた。当然好きな授業は工作で、そのまま工業系の高校、そして大学の工学部に進学する。そしてさらには中小企業ではあるが、技術部門に就職出来た。給料こそそれほどでは無かったが、彼は日がな半田ごてやインパクトドライバーに囲まれて幸せだった。山口は根っからの技術者である。
休みの日には、模型を作る程度の趣味しかなかった彼には貯えがあった。それで昨年25年ローンで購入した3LDKのマンションには、同様に昨年結婚したばかりの彼の妻と住んでいる。名前を樹里(じゅり:27歳)と言う。化粧が薄く、着飾ることも好まないため、ぱっと見、どこか地味な印象を拭えない女性だが、よくよく見ると、すっと通った鼻筋に、厚く大きな唇と、どこかラテン系の美しさを持つ顔つきをしている。自分自身には無いものを、男女は求め合い、そして惹かれあうとはその通りで、朴訥とした無表情の山口剛史とは正反対に、彼女の表情はとても豊かで、まるで太陽のような笑顔を咲かせていた。 第2回へ
2018/05/11
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