中Ⅱ31『しかし今だけは』第3回
中Ⅱ31『しかし今だけは』第3回
第2回 2018/07/06
山口剛史(やまぐち・つよし:27歳)は、技術職で色々と探した末に、慣れない、そしておそらくは適正も無い営業職に就く。会社の規模そのものは、以前勤めていたところよりも余程大きかった。比較にならないほどの、大企業と言っても良い。給料はさほど変わらないものの、それだから傍目から見たら転職を成功したと思われるだろう。しかし、彼のストレスは、同様に傍目から見ても明らかだったほどで、それは長年付き合った妻(山口樹里:やまぐち・じゅり:27歳)の目には、どのように映っていただろうか。
剛史は照りつける太陽の中、溜息をつきながら足をのそのそと回転させる。以前の職場だ
と、どんなに疲れていても、溜息をついたことなどは無かった。現在、自らお小遣いの削減を言い出した彼にとってのささやかな楽しみは、模型作成ではなく、外回り中に日陰を探し当てて歩く事になっている。
〔山口君、君ふざけてる?〕眉間を指で押さえながら、中澤(正義:なかざわ・まさよし:38歳)営業課長が彼をなじる。周りの社員は、またか、と顔を伏せるだけだ。彼も黙って頭を下げることしか出来ない。言い訳すら出来ない剛史の実直さは、社会生活では仇となることの方が多い。しかし剛史は、文句一つ漏らさず、毎日をそうやって過ごしていた。そしてその妻の樹里も、そんな彼の境遇と、性格をわかっているだけに、自身の無力さに打ちひしがれる日々を送っている。
『おかーーー……っえり!』って、樹里に出来るせめてもの事は、足を棒にして帰ってくる夫を、笑顔で出迎えることだった。自分まで顔を下げてはいけない。灯りを絶やしてはいけないと理解している。そしてそんな妻の気遣いを、山口剛史は《有難い。》と思いつつも、自分がそんな思いをさせていると自責の念に囚われていた。
更に言うならば、樹里は夫がそんな風に自身を責めているとわかった上で、やはり明るく振舞うことが最善だと、痛む胸を押さえながらも笑顔を浮かべている。『じゃっじゃじゃーん! 見て! この牛肉たっぷりのカレーを!』って両手を広げ、大袈裟なジェスチャーで夕食を紹介する妻の頭を、山口剛史はそっと撫でて、そして感謝の意を伝えた。
剛史は心から、彼女の存在を有難いと思っている。黒く絹のような触り心地の良い長い髪。前髪は揃えて切られていた。どちらかといえば細長い輪郭に、白い肌と赤い唇が艶かしい。剛史は黙って樹里の唇を奪う。樹里は『えへへ。』口元を照れたように歪ませ、『なんか新婚みたいじゃん。』って、指をもじもじとさせながら言った。「実際(昨年に結婚)新婚だろ。」と彼が指摘すると、『そういえばそうでした。』って、おどけたように笑う。「もうずっと一緒だからね。すでに老夫婦の域って感じ?」と笑い飛ばすと、くるりと踵を返し、そして大盛のご飯をよそった。 第4回に続く
2018/12/13
第2回 2018/07/06
山口剛史(やまぐち・つよし:27歳)は、技術職で色々と探した末に、慣れない、そしておそらくは適正も無い営業職に就く。会社の規模そのものは、以前勤めていたところよりも余程大きかった。比較にならないほどの、大企業と言っても良い。給料はさほど変わらないものの、それだから傍目から見たら転職を成功したと思われるだろう。しかし、彼のストレスは、同様に傍目から見ても明らかだったほどで、それは長年付き合った妻(山口樹里:やまぐち・じゅり:27歳)の目には、どのように映っていただろうか。
剛史は照りつける太陽の中、溜息をつきながら足をのそのそと回転させる。以前の職場だ
と、どんなに疲れていても、溜息をついたことなどは無かった。現在、自らお小遣いの削減を言い出した彼にとってのささやかな楽しみは、模型作成ではなく、外回り中に日陰を探し当てて歩く事になっている。
〔山口君、君ふざけてる?〕眉間を指で押さえながら、中澤(正義:なかざわ・まさよし:38歳)営業課長が彼をなじる。周りの社員は、またか、と顔を伏せるだけだ。彼も黙って頭を下げることしか出来ない。言い訳すら出来ない剛史の実直さは、社会生活では仇となることの方が多い。しかし剛史は、文句一つ漏らさず、毎日をそうやって過ごしていた。そしてその妻の樹里も、そんな彼の境遇と、性格をわかっているだけに、自身の無力さに打ちひしがれる日々を送っている。
『おかーーー……っえり!』って、樹里に出来るせめてもの事は、足を棒にして帰ってくる夫を、笑顔で出迎えることだった。自分まで顔を下げてはいけない。灯りを絶やしてはいけないと理解している。そしてそんな妻の気遣いを、山口剛史は《有難い。》と思いつつも、自分がそんな思いをさせていると自責の念に囚われていた。
更に言うならば、樹里は夫がそんな風に自身を責めているとわかった上で、やはり明るく振舞うことが最善だと、痛む胸を押さえながらも笑顔を浮かべている。『じゃっじゃじゃーん! 見て! この牛肉たっぷりのカレーを!』って両手を広げ、大袈裟なジェスチャーで夕食を紹介する妻の頭を、山口剛史はそっと撫でて、そして感謝の意を伝えた。
剛史は心から、彼女の存在を有難いと思っている。黒く絹のような触り心地の良い長い髪。前髪は揃えて切られていた。どちらかといえば細長い輪郭に、白い肌と赤い唇が艶かしい。剛史は黙って樹里の唇を奪う。樹里は『えへへ。』口元を照れたように歪ませ、『なんか新婚みたいじゃん。』って、指をもじもじとさせながら言った。「実際(昨年に結婚)新婚だろ。」と彼が指摘すると、『そういえばそうでした。』って、おどけたように笑う。「もうずっと一緒だからね。すでに老夫婦の域って感じ?」と笑い飛ばすと、くるりと踵を返し、そして大盛のご飯をよそった。 第4回に続く
2018/12/13
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