中Q〖あの時に変わった?〗第10話
中Q〖あの時に変わった?〗第10話
神林所長の招待(接待の仕事?)で私たちが向かった温泉宿は、伊豆の西海岸沿いの山中にある隠れ家的な場所だった。そこはホテルではなく、広い敷地に茅葺の数寄屋造りの離れがいくつも建てられた、風情があり、かなり高級なクラスと思われる旅館。15軒建てられた離れは、眺望、露天風呂、庭など、それぞれが異なる強みを持っており、その一帯は周囲の喧騒から完全に隔離されていた。そこは、虫が奏でる音だけが存在する、心地よい静寂に包まれていた。
我々は5歳の長男を私の実家に預け、久々にカフェ<ミナスジェライス>も休業とし、この旅行に参加した。長男は、大好きなウルトラマンの大怪獣バトルゲームのカードアルバムを握り締め、我々だけが出かけることに、全く嫌がらなかった。既に祖父母からは、新しい怪獣人形を買ってもらう約束を取り付けている模様だった。(現金なやつである。)
旅行への参加者は、神林所長、私(立花慶一39歳)、妻(真紀:まき32歳)、そして接待相手の大手ハウスメーカーの部長、以上4名だった。部長の名前は薮内公博といった。部長との肩書きながら、想像以上に若い。恐らくまだ40代半ば、私より少し上くらいではなかろうか。神林所長よりは明らかに年下である。社会に出れば年齢など関係はない。時には、年下の相手であろうと卑屈になり、もてなす必要がある。
真紀の話によれば、神林の設計事務所は、薮内のハウスメーカーが発注する仕事で成り立っているらしかった。普通に考えれば、ハウスメーカーと設計事務所というのは競合する
のだが、メーカーの下請けとしての役目を担う設計事務所も数多くあるそうです。そうした関係であれば、神林所長が薮内を接待するのも当然といえた。
門をくぐり、フロントがある離れまで、我々は石畳を踏みながら、風情のある庭園を歩いていった。そこには打ち水がなされ、見事に配置された木々の若葉の匂いが、あたりを濃く包み込んでいる。梅雨明け間近を思わせる、厳しい日差しが空から降り注いでいた。
『所長、こんな豪華なところ、ほんとにいいんですか?』
周囲を見回しながら、妻の真紀が隣を歩く神林に聞いている。
〔真紀さん、いいんですよ。今日は、その代わり、薮内さんへの接待を頼みますよ。〕
神林は、後方に少し離れて歩く薮内に視線をやりながら、妻に小声で話しかけた。
『ええ・・それは勿論、頑張りますわ。』
その真紀と神林の話しぶりに、私は2人の親密度を感じた。そのために私は多少の居心地の悪さを感じながらも、2人の後をついていくしかなかった。
私たち夫婦に一つ、そして少し距離をおいて神林と薮内と、二つの独立した離れがそれぞれに割り振られている。私たちの部屋の風呂は、露天風呂ではないものの、岩風呂といわれるもので、天然の岩をくりぬいて作られた、何とも個性的なものだった。神林たちの部屋には、内風呂としての檜風呂、そして露天風呂が備わっており、部屋数も8畳間、6畳間の二部屋と、大人数でも泊まれそうな離れであった。
到着後、一旦神林たちの部屋に集まり、夕食の時間などを確認し、まずはそれぞれの離れで休憩ということになり、私たちは夕食の時間までは各部屋で滞在することになる。各自の車で来たのだが、途中の高速が案外と空いていたこともあり、予定より早めに到着し、まだ午後4時前だった。
2015/08/26
神林所長の招待(接待の仕事?)で私たちが向かった温泉宿は、伊豆の西海岸沿いの山中にある隠れ家的な場所だった。そこはホテルではなく、広い敷地に茅葺の数寄屋造りの離れがいくつも建てられた、風情があり、かなり高級なクラスと思われる旅館。15軒建てられた離れは、眺望、露天風呂、庭など、それぞれが異なる強みを持っており、その一帯は周囲の喧騒から完全に隔離されていた。そこは、虫が奏でる音だけが存在する、心地よい静寂に包まれていた。
我々は5歳の長男を私の実家に預け、久々にカフェ<ミナスジェライス>も休業とし、この旅行に参加した。長男は、大好きなウルトラマンの大怪獣バトルゲームのカードアルバムを握り締め、我々だけが出かけることに、全く嫌がらなかった。既に祖父母からは、新しい怪獣人形を買ってもらう約束を取り付けている模様だった。(現金なやつである。)
旅行への参加者は、神林所長、私(立花慶一39歳)、妻(真紀:まき32歳)、そして接待相手の大手ハウスメーカーの部長、以上4名だった。部長の名前は薮内公博といった。部長との肩書きながら、想像以上に若い。恐らくまだ40代半ば、私より少し上くらいではなかろうか。神林所長よりは明らかに年下である。社会に出れば年齢など関係はない。時には、年下の相手であろうと卑屈になり、もてなす必要がある。
真紀の話によれば、神林の設計事務所は、薮内のハウスメーカーが発注する仕事で成り立っているらしかった。普通に考えれば、ハウスメーカーと設計事務所というのは競合する
のだが、メーカーの下請けとしての役目を担う設計事務所も数多くあるそうです。そうした関係であれば、神林所長が薮内を接待するのも当然といえた。
門をくぐり、フロントがある離れまで、我々は石畳を踏みながら、風情のある庭園を歩いていった。そこには打ち水がなされ、見事に配置された木々の若葉の匂いが、あたりを濃く包み込んでいる。梅雨明け間近を思わせる、厳しい日差しが空から降り注いでいた。
『所長、こんな豪華なところ、ほんとにいいんですか?』
周囲を見回しながら、妻の真紀が隣を歩く神林に聞いている。
〔真紀さん、いいんですよ。今日は、その代わり、薮内さんへの接待を頼みますよ。〕
神林は、後方に少し離れて歩く薮内に視線をやりながら、妻に小声で話しかけた。
『ええ・・それは勿論、頑張りますわ。』
その真紀と神林の話しぶりに、私は2人の親密度を感じた。そのために私は多少の居心地の悪さを感じながらも、2人の後をついていくしかなかった。
私たち夫婦に一つ、そして少し距離をおいて神林と薮内と、二つの独立した離れがそれぞれに割り振られている。私たちの部屋の風呂は、露天風呂ではないものの、岩風呂といわれるもので、天然の岩をくりぬいて作られた、何とも個性的なものだった。神林たちの部屋には、内風呂としての檜風呂、そして露天風呂が備わっており、部屋数も8畳間、6畳間の二部屋と、大人数でも泊まれそうな離れであった。
到着後、一旦神林たちの部屋に集まり、夕食の時間などを確認し、まずはそれぞれの離れで休憩ということになり、私たちは夕食の時間までは各部屋で滞在することになる。各自の車で来たのだが、途中の高速が案外と空いていたこともあり、予定より早めに到着し、まだ午後4時前だった。
2015/08/26
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