長Ⅱ9《手紙》第2回
長Ⅱ9《手紙》第2回
第1回
後に私(佐藤和臣:さとう・かずおみ)の妻となる桝田尚子(ますだ・しょうこ)と交際を始めたのは高校1年の時に、ブラスバンド部で同じフルートパートに所属したことがきっかけでした。音楽好きの私は何か一つ楽器をものにしたいという気持ちがあり、ブラスバンド部に入ったのです。楽器は何でも良かったのですが、たまたま3年が引退することによってひとりきりになるフルートパートを補充する必要があるということで、そこに所属させられたのでした。一緒に入った友人たちは男っぽい金管楽器やサックスを選び、フルートでも良いといったのが私だけだったせいもあります。
私自身、楽器は未経験でしたが、尚子は中学時代にもブラスバンド部に所属していたためフルートは相当吹けるだけでなく、子供のころから続けていたピアノもかなりの腕前でした。フルートパートは人数不足だったため、私も入部して数カ月もしないうちに高校野球の応援などで吹かされましたが、テンポが速くなるとまったく指が回らず、音を出すふりをして誤魔化すのが精一杯でした。尚子が装飾音の多いフレーズをやすやすと吹きこなすのを見て私はひどく劣等感に駆られます。
今思うと3年の経験差があるのですから当たり前ですが、その頃は女である尚子に引けを取るというのが我慢できなかったのです。尚子はそんな私に対して優越感を示すでもなく、また同情して教えようともせず、常に淡々としていました。
私は朝早く来ては部室の裏の非常階段で延々とロングトーン(一つの音を出来るだけ長く吹き伸ばすこと)を繰り返し、昼休みも音階やアルペジオ(和音をばらして一音一音発音させる演奏法)といった基礎練習に費やしました。私は楽器の経験はなかったものの耳学問は達者だったため、そういった地味な練習が結局は上達の早道だと考えていたのです。
数カ月の間は苦労の日々が続きましたが、ある時、それまでの基礎練習の効果がようやく現れ出しました。毎日のロングトーンで鍛えられた音色は、自分が吹いていると信じられないほど澄んでおり、地道な音階練習によって鍛えられた指が急に回るようになったのです。
同学年の友人や先輩も、私の突然の上達を驚きの目で見ました。たいていの部員は面白みのない基礎練習を嫌い、演奏会でやる曲の練習ばかりしていたからです。尚子は私から少し離れた場所に立ち、相変わらず冷静な視線を向けていました。私の上達について尚子が何も言いません。それがなんとなく不満でした。
しかし尚子の態度が変わってきたのはその後の、秋の文化祭に向けた練習の時です。彼女はそれまでひたすら譜面と向き合って、自分のパートを正確に吹くことに集中していたのですが、あたかも私に寄り添うような演奏をするようになったのでした。フレーズの開始と終了、2つのフルートが織り成す和音とユニゾン(2つ以上の音が同時に重なった場合をいう)、私は自然と尚子(しょうこ)に導かれるように吹き、楽器を通じて彼女と会話をするような気分になります。これはこれまでの私では経験できなかったことでした。 第3回へ続く
2017/06/08
第1回
後に私(佐藤和臣:さとう・かずおみ)の妻となる桝田尚子(ますだ・しょうこ)と交際を始めたのは高校1年の時に、ブラスバンド部で同じフルートパートに所属したことがきっかけでした。音楽好きの私は何か一つ楽器をものにしたいという気持ちがあり、ブラスバンド部に入ったのです。楽器は何でも良かったのですが、たまたま3年が引退することによってひとりきりになるフルートパートを補充する必要があるということで、そこに所属させられたのでした。一緒に入った友人たちは男っぽい金管楽器やサックスを選び、フルートでも良いといったのが私だけだったせいもあります。
私自身、楽器は未経験でしたが、尚子は中学時代にもブラスバンド部に所属していたためフルートは相当吹けるだけでなく、子供のころから続けていたピアノもかなりの腕前でした。フルートパートは人数不足だったため、私も入部して数カ月もしないうちに高校野球の応援などで吹かされましたが、テンポが速くなるとまったく指が回らず、音を出すふりをして誤魔化すのが精一杯でした。尚子が装飾音の多いフレーズをやすやすと吹きこなすのを見て私はひどく劣等感に駆られます。
今思うと3年の経験差があるのですから当たり前ですが、その頃は女である尚子に引けを取るというのが我慢できなかったのです。尚子はそんな私に対して優越感を示すでもなく、また同情して教えようともせず、常に淡々としていました。
私は朝早く来ては部室の裏の非常階段で延々とロングトーン(一つの音を出来るだけ長く吹き伸ばすこと)を繰り返し、昼休みも音階やアルペジオ(和音をばらして一音一音発音させる演奏法)といった基礎練習に費やしました。私は楽器の経験はなかったものの耳学問は達者だったため、そういった地味な練習が結局は上達の早道だと考えていたのです。
数カ月の間は苦労の日々が続きましたが、ある時、それまでの基礎練習の効果がようやく現れ出しました。毎日のロングトーンで鍛えられた音色は、自分が吹いていると信じられないほど澄んでおり、地道な音階練習によって鍛えられた指が急に回るようになったのです。
同学年の友人や先輩も、私の突然の上達を驚きの目で見ました。たいていの部員は面白みのない基礎練習を嫌い、演奏会でやる曲の練習ばかりしていたからです。尚子は私から少し離れた場所に立ち、相変わらず冷静な視線を向けていました。私の上達について尚子が何も言いません。それがなんとなく不満でした。
しかし尚子の態度が変わってきたのはその後の、秋の文化祭に向けた練習の時です。彼女はそれまでひたすら譜面と向き合って、自分のパートを正確に吹くことに集中していたのですが、あたかも私に寄り添うような演奏をするようになったのでした。フレーズの開始と終了、2つのフルートが織り成す和音とユニゾン(2つ以上の音が同時に重なった場合をいう)、私は自然と尚子(しょうこ)に導かれるように吹き、楽器を通じて彼女と会話をするような気分になります。これはこれまでの私では経験できなかったことでした。 第3回へ続く
2017/06/08
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