【どうなるの?】その2
名F【どうなるの?】その2
私たちの住むマンションの一室はいつも清潔に管理されていて、塵一つ落ちていません。その完璧さ、静謐な趣は、妻の人柄そのもののようでしたが、私(潤一)はいつしかその家に居るときに、安らぎよりも重苦しさを感じるようになっていきました。
もともと私は品行方正には程遠い人間です。美穂と結婚した当初は、だらしない所業とは縁を切り、よき夫になるべく努力しようと心に誓ったものですが、当時の私はそんなことさえ忘れはて、夜の街で酒や女に溺れる生活に逆戻りしはじめていました。
そんな私を見つめる妻の瞳には、さすがに沈んだ色が濃くなっていたように思います。しかしどんなときも彼女は何も言わず、自分を崩すこともありませんでした。そのことが私をますます苛立たせます。暗い孤独が私を満たし、時には八つ当たりとしか言えない怒りを妻の美穂にぶつけるようになりました。私は日々、荒んでいきました。
ある夜のことでした。仕事を終えた私は、大学時代の旧友で宮森精二という男と久々に待ち合わせて、いっしょに夜の街に繰り出します。この宮森という男は昔からどこかひとを食ったようなところがあり、一風変わった凄みを感じさせる人間でした。
宮森はアダルトビデオの製作などを主たる業務としている、マクレガー企画というプロダクションに勤めていました。そんな仕事をしている男だけに、いかがわしい遊び場などには詳しく、若い頃はよく彼に付き合って悪い遊びを教わったものです。
〔久々に会ったってのに、いまいち表情が暗いな。何かトラブルでも抱えているのか?〕宮森の言葉に、私は顔をあげて彼を見返しました。酒場の暗い照明の中で、彼の鋭い目がじっとこちらを見ていました。「分かるか。相変わらず目ざといな。」、〔何があったんだ。〕私は宮森に妻との不和を話しました。
〔そうか、あの奥さんがね。お前には出来すぎた人だと思ったがなあ。〕
宮森も私の結婚式に出席してくれたので、妻のことは見知っています。
〔しかし、お前も昔から女にはとことん弱い奴だな。〕
「お前みたいに割り切れないからだろうな。」
〔ふん。女なんてベッドに転がせば、なんとでもなるもんだ。〕
下卑た笑いを浮かべつつ、宮森はグラスをあけました。
「たいした自信だな。」
〔お前こそ、らしくもなくメソメソしやがって。どこかおかしいんじゃないのか。それともよほど奥さんにいかれちまっているのか。たしかに美人だったけどな。美人なだけじゃなく、色気もあった。〕
「色気? それは眼鏡違いだぜ。あいつほど色気のない女をおれは見たことがないね。」
妻のことを「あいつ」と呼んだのはその日が初めてでした。
〔分かってないな。ああいう物堅い感じの女が一番そそるんだよ。とくに俺のような人間にはな。〕
「はっ、そんなものかな?」
〔そうさ。奥さんと結婚したのが、お前で残念だね。俺だったら女としての性能を、最大限まで引き出してやれるんだがな。〕
女としての魅力とは言わず、“性能”と言ったところが、いかにも宮森らしい言い方です。「ほざけ!」と、私は吐き捨てるように言いましたが、心の中では動揺していました。
2014/12/07
私たちの住むマンションの一室はいつも清潔に管理されていて、塵一つ落ちていません。その完璧さ、静謐な趣は、妻の人柄そのもののようでしたが、私(潤一)はいつしかその家に居るときに、安らぎよりも重苦しさを感じるようになっていきました。
もともと私は品行方正には程遠い人間です。美穂と結婚した当初は、だらしない所業とは縁を切り、よき夫になるべく努力しようと心に誓ったものですが、当時の私はそんなことさえ忘れはて、夜の街で酒や女に溺れる生活に逆戻りしはじめていました。
そんな私を見つめる妻の瞳には、さすがに沈んだ色が濃くなっていたように思います。しかしどんなときも彼女は何も言わず、自分を崩すこともありませんでした。そのことが私をますます苛立たせます。暗い孤独が私を満たし、時には八つ当たりとしか言えない怒りを妻の美穂にぶつけるようになりました。私は日々、荒んでいきました。
ある夜のことでした。仕事を終えた私は、大学時代の旧友で宮森精二という男と久々に待ち合わせて、いっしょに夜の街に繰り出します。この宮森という男は昔からどこかひとを食ったようなところがあり、一風変わった凄みを感じさせる人間でした。
宮森はアダルトビデオの製作などを主たる業務としている、マクレガー企画というプロダクションに勤めていました。そんな仕事をしている男だけに、いかがわしい遊び場などには詳しく、若い頃はよく彼に付き合って悪い遊びを教わったものです。
〔久々に会ったってのに、いまいち表情が暗いな。何かトラブルでも抱えているのか?〕宮森の言葉に、私は顔をあげて彼を見返しました。酒場の暗い照明の中で、彼の鋭い目がじっとこちらを見ていました。「分かるか。相変わらず目ざといな。」、〔何があったんだ。〕私は宮森に妻との不和を話しました。
〔そうか、あの奥さんがね。お前には出来すぎた人だと思ったがなあ。〕
宮森も私の結婚式に出席してくれたので、妻のことは見知っています。
〔しかし、お前も昔から女にはとことん弱い奴だな。〕
「お前みたいに割り切れないからだろうな。」
〔ふん。女なんてベッドに転がせば、なんとでもなるもんだ。〕
下卑た笑いを浮かべつつ、宮森はグラスをあけました。
「たいした自信だな。」
〔お前こそ、らしくもなくメソメソしやがって。どこかおかしいんじゃないのか。それともよほど奥さんにいかれちまっているのか。たしかに美人だったけどな。美人なだけじゃなく、色気もあった。〕
「色気? それは眼鏡違いだぜ。あいつほど色気のない女をおれは見たことがないね。」
妻のことを「あいつ」と呼んだのはその日が初めてでした。
〔分かってないな。ああいう物堅い感じの女が一番そそるんだよ。とくに俺のような人間にはな。〕
「はっ、そんなものかな?」
〔そうさ。奥さんと結婚したのが、お前で残念だね。俺だったら女としての性能を、最大限まで引き出してやれるんだがな。〕
女としての魅力とは言わず、“性能”と言ったところが、いかにも宮森らしい言い方です。「ほざけ!」と、私は吐き捨てるように言いましたが、心の中では動揺していました。
2014/12/07
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