中Ⅱ8〖溺れる〗第1話
中Ⅱ8〖溺れる〗第1話
(原題:水遣り 投稿者:CR 投稿日:不明)
《いつまでも無垢だと信じていた妻、死ぬまで私一人のものだと信じていた妻。私一人が信じていただけなのでしょうか。昔の妻はもう戻ってこないのでしょうか・・・。》
私、木内啓吾48歳、妻、翔子46歳と今年大学を卒業した娘、亜美の3人家族です。千葉北西部のターミナル駅の郊外に一軒家を借りています。これで二度目の転居です。社会人として一人歩きを始めた娘は横浜で暮らしています。妻には苦労を掛けました。そして、これからは充実した夫婦の時間を過ごせる筈でした。
33歳で先輩、同僚数人で会社を興し、時流にのり成長しましたが手形事故から民事再生、私が代表を務めていた子会社は倒産、私自身も破産し家屋は担保に取られ手放しました。破産したのは5年前のことです。電子材料の輸入販売が主な生業でしたが、台湾の一社が、私個人に商権を引き継がせてくれる事になり、借家住まいで何とか夫婦が食べていけるだけのものは確保出来ました。一人で会社を設立して営むことになります。暫くし、少し余裕が出来、借り直した大きめの庭のある一軒屋が今住んでいるところです。
妻は娘が小学校高学年になり手を掛けなくてすむ頃からパートに出ています。近郊では名門会社(株式会社TFF)で食品検査の補助、検査データの作成が主な仕事です。その会社での妻の評判は私には伝わってはきませんが、妻の翔子と寛(くつろ)いでいる時に度々会社の話題がでます。楽しそうに話していますので、妻としても居心地が良く、回りの人からも好感を持たれているのがうかがえます。
会社倒産、個人破産を告げた時も翔子は、『そうですか・・。』と一旦落胆したもののすぐに『貴方なら必ず復活出来るわ、わたし信じている。わたしも頑張るから。』と励ましてくれました。妻の励まし、頑張りが私を再生させてくれました。4年を経て会社の業績も上がり生活費以上のものを妻に渡せるようになります。翔子もパートに出始めて10数年経ちます。“そろそろパートを辞めてもらって楽にさせたいな”そんな事を考えていました。
半年程前の事です。5年間駆け抜けてきた仕事も一段落し妻と夕食を共にする機会が増えてきます。そんなある金曜日の夕食後、居間でウィスキーのロックを飲んでいますと、妻の翔子も軽いカクテルを片手に私の横に座ります。
『貴方お話があるの。私の仕事の事ですが、いいですか?』
「うん、僕もあるんだ。丁度良かったよ。」
私はてっきりパートを辞める相談だと思ったのです。
「君も随分頑張った。もうパートを辞めてもいいんじゃないかな。そうすれば次のシーズンにはクリスマスローズの展示も出来るかも知れないじゃないか。好きな趣味に時間を使えばいい。」
そうです。翔子は花の中でもクリスマスローズが好きなのです。品種の中にフラッシュダークネクタリー系のものがあります。咲いてみなければ解らないのですが、色は白、ピンク、黄色の3種類があり育てる人の気持ちの掛け方で鮮やかにもなり、又くすんでしまう事があります。花の中心、蜜腺部の色が濃いネクタリー色でその周囲にフラッシュと呼ばれる星型のブロッチが散りばめられています。この部分の鮮やかさも愛情の掛け方で変わります。その可憐で艶やかな表情は妻に似ていると思うときがあります。妻の化粧はいつも控えめなのです。
『ううん、違うの。早く自分達の家が欲しいの。昨日、常務(郷原信一)さんとお昼ご飯をご一緒させて頂いた時、〔正社員登用の道もあるかも知れないよ〕って言われたの』
「歳の事は言いたくないが、君ももう40半ばだよ。そんな話があるわけないじゃないか。それに僕はもう君に仕事は辞めて欲しい。今の貯金を併せれば、後4、5年で少しはましな家も持てると思う。」
破産した私は、今相応の収入があってもローンが組めません。貯金して買うしかないのです。それでも妻が切り込んできます。
『でも私のパートの収入が年100万円くらいでしょ。正社員になると年300万円以上にはなるそうなの。それに正社員になると、私の名義でならローンが組めるかも知れないって。』
「そんな事、誰が言うんだ?」
『常務さんよ。』
「君の勤めている会社(TFF)はこの辺では名門じゃないか。ちゃんとした人事部があるだろう。部長個人で何とか成るものでは無いと思うけど。」
『部長さんは社長の甥なの。力も人望もあるし、殆どの話は通るわ。』
「やっぱり君が正社員になるのは筋が通っているとは思えないな。」
『まあー、馬鹿にしないで。私、これでも農学部を出ているのよ。』
「知っているさ。それより・・・。」
《それより歳の事を考えろよ》と言いたかったのですが、付け足せません。「解った。話は明日にしよう。」本当は、その夜、私は妻を抱きたかったのです。この2カ月間、中国、台湾への出張続きで妻を抱いていません。昔は出張中、現地の女を抱いた事もあります。どの女も妻の代わりにはなりません。ましてや、この5年間は他の女を抱こうと言う気にもなりません。やがてサイドボードの上の時計の緑のLEDが12時を告げます。「もう寝ようか?」と告げると『はい。』と返してきました。
2016/03/24
(原題:水遣り 投稿者:CR 投稿日:不明)
《いつまでも無垢だと信じていた妻、死ぬまで私一人のものだと信じていた妻。私一人が信じていただけなのでしょうか。昔の妻はもう戻ってこないのでしょうか・・・。》
私、木内啓吾48歳、妻、翔子46歳と今年大学を卒業した娘、亜美の3人家族です。千葉北西部のターミナル駅の郊外に一軒家を借りています。これで二度目の転居です。社会人として一人歩きを始めた娘は横浜で暮らしています。妻には苦労を掛けました。そして、これからは充実した夫婦の時間を過ごせる筈でした。
33歳で先輩、同僚数人で会社を興し、時流にのり成長しましたが手形事故から民事再生、私が代表を務めていた子会社は倒産、私自身も破産し家屋は担保に取られ手放しました。破産したのは5年前のことです。電子材料の輸入販売が主な生業でしたが、台湾の一社が、私個人に商権を引き継がせてくれる事になり、借家住まいで何とか夫婦が食べていけるだけのものは確保出来ました。一人で会社を設立して営むことになります。暫くし、少し余裕が出来、借り直した大きめの庭のある一軒屋が今住んでいるところです。
妻は娘が小学校高学年になり手を掛けなくてすむ頃からパートに出ています。近郊では名門会社(株式会社TFF)で食品検査の補助、検査データの作成が主な仕事です。その会社での妻の評判は私には伝わってはきませんが、妻の翔子と寛(くつろ)いでいる時に度々会社の話題がでます。楽しそうに話していますので、妻としても居心地が良く、回りの人からも好感を持たれているのがうかがえます。
会社倒産、個人破産を告げた時も翔子は、『そうですか・・。』と一旦落胆したもののすぐに『貴方なら必ず復活出来るわ、わたし信じている。わたしも頑張るから。』と励ましてくれました。妻の励まし、頑張りが私を再生させてくれました。4年を経て会社の業績も上がり生活費以上のものを妻に渡せるようになります。翔子もパートに出始めて10数年経ちます。“そろそろパートを辞めてもらって楽にさせたいな”そんな事を考えていました。
半年程前の事です。5年間駆け抜けてきた仕事も一段落し妻と夕食を共にする機会が増えてきます。そんなある金曜日の夕食後、居間でウィスキーのロックを飲んでいますと、妻の翔子も軽いカクテルを片手に私の横に座ります。
『貴方お話があるの。私の仕事の事ですが、いいですか?』
「うん、僕もあるんだ。丁度良かったよ。」
私はてっきりパートを辞める相談だと思ったのです。
「君も随分頑張った。もうパートを辞めてもいいんじゃないかな。そうすれば次のシーズンにはクリスマスローズの展示も出来るかも知れないじゃないか。好きな趣味に時間を使えばいい。」
そうです。翔子は花の中でもクリスマスローズが好きなのです。品種の中にフラッシュダークネクタリー系のものがあります。咲いてみなければ解らないのですが、色は白、ピンク、黄色の3種類があり育てる人の気持ちの掛け方で鮮やかにもなり、又くすんでしまう事があります。花の中心、蜜腺部の色が濃いネクタリー色でその周囲にフラッシュと呼ばれる星型のブロッチが散りばめられています。この部分の鮮やかさも愛情の掛け方で変わります。その可憐で艶やかな表情は妻に似ていると思うときがあります。妻の化粧はいつも控えめなのです。
『ううん、違うの。早く自分達の家が欲しいの。昨日、常務(郷原信一)さんとお昼ご飯をご一緒させて頂いた時、〔正社員登用の道もあるかも知れないよ〕って言われたの』
「歳の事は言いたくないが、君ももう40半ばだよ。そんな話があるわけないじゃないか。それに僕はもう君に仕事は辞めて欲しい。今の貯金を併せれば、後4、5年で少しはましな家も持てると思う。」
破産した私は、今相応の収入があってもローンが組めません。貯金して買うしかないのです。それでも妻が切り込んできます。
『でも私のパートの収入が年100万円くらいでしょ。正社員になると年300万円以上にはなるそうなの。それに正社員になると、私の名義でならローンが組めるかも知れないって。』
「そんな事、誰が言うんだ?」
『常務さんよ。』
「君の勤めている会社(TFF)はこの辺では名門じゃないか。ちゃんとした人事部があるだろう。部長個人で何とか成るものでは無いと思うけど。」
『部長さんは社長の甥なの。力も人望もあるし、殆どの話は通るわ。』
「やっぱり君が正社員になるのは筋が通っているとは思えないな。」
『まあー、馬鹿にしないで。私、これでも農学部を出ているのよ。』
「知っているさ。それより・・・。」
《それより歳の事を考えろよ》と言いたかったのですが、付け足せません。「解った。話は明日にしよう。」本当は、その夜、私は妻を抱きたかったのです。この2カ月間、中国、台湾への出張続きで妻を抱いていません。昔は出張中、現地の女を抱いた事もあります。どの女も妻の代わりにはなりません。ましてや、この5年間は他の女を抱こうと言う気にもなりません。やがてサイドボードの上の時計の緑のLEDが12時を告げます。「もう寝ようか?」と告げると『はい。』と返してきました。
2016/03/24
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