中11 〖家庭教師の誤算 第3回〗
中11 〖家庭教師の誤算 第3回〗
確かに香澄(かすみ)には家庭教師なんか必要無さそうだ。少なくとも数学について、僕の出る幕はない。教科書の基礎問題を普通に理解し、難なく解けるなら後は自分一人で問題集の応用問題をどんどん解いていけば、自然と学力はアップする。
《事情はよく解らないけど、初日で僕はお払い箱だな。どうせ今日でおしまいなんだ。》そんなことを思いながら、僕はマンガを読ませてもらうことにした。女の子のベッドに腰掛けるのは気が引けたので、フローリングの床に腰を下ろして読んでいると香澄は黙って部屋を出て行き、直ぐに座布団を持って戻ってくる。『先生、女の子のベッドにいきなり座らなかったのは偉いよ。』、「そりゃ、どうも。」
その日僕は、マンガを読み続け、香澄に促されて再び彼女の隣に座らされた時、ノックの音が聞こえた。すぐに扉が開かれて、母親がケーキと紅茶を持って入ってくる。
〚どう?お勉強は進んでいる?〛
『うん、先生が教えるの上手だから結構進んだよ。』
《何を言い出すのかと思えば・・・。》
驚いて声も出ない僕を尻目に、それを聞いた母親は満足そうに部屋を出て行った。僕はただそれを焦点の定まらない目でぼーっと見送る。
『先生?』
香澄の声で我に返ると、
『ケーキ食べなよ。』
と言って、香澄はフォークを渡してくれた。
時間はあっという間に過ぎて、“では、また来週もお願いします。”ということになった。
『ねぇ先生、この番号に掛けてみて。』部屋を出る前に、香澄に言われるがままに携帯から電話を掛けさせられる。香澄の携帯電話が短く鳴った。ディスプレイに表示された番号を満足そうに見ながら、香澄は自分の携帯に僕の番号を保存した。
僕はどうしてだか家庭教師を首にならず、それからも毎週香澄の部屋で“マンガや雑誌を読むアルバイト”が続いた。夏休みの間も相変わらずで、香澄は自習を続け、僕はマンガを読んで過ごしていたが、流石にこれではマズいだろうと思い、数学以外でもいいので見てあげようとしたら、逆に問題を出されてやり込められてしまう。
でも香澄にはそんな僕をバカにしている風なところは微塵もなくて、僕が困った顔をするのを単に楽しんでいるだけのようだった。香澄の態度は少し改まったものの相変わらずだったが、学力についていえば数学は僕の現役時代と同等で、それ以外は僕以上であることが夏休みを終わる頃には分かってきた。
そんな風にして二、三カ月が経ったある秋の土曜日、カップラーメンを啜りながらテレビ
を見ていると携帯が鳴った。『もしもし、二宮先生?』それは香澄からだった。「うん。」、
『今日、もしかしてヒマ?』と訊いてくる。いきなり失礼な奴だと思ったが、図星だったので素直に肯定をする。
『ねぇ、お買い物に付き合って!』
「いいけど、少しは接しやすい態度で僕に合わせてくれる?」
『うん、いいよ。』
そう言うと、香澄は待ち合わせ場所と時間だけを告げると電話を直ぐに切った。
香澄が指定してきたのは、人混みでごった返す待ち合わせ場所の代名詞みたいな場所だっ
た。《こんな人混みの中で、どうやって・・・見つける?》僕は時計と睨めっこをしながら香澄の姿を探した。間もなく待ち合わせ時刻というところで、僕の視線を遮るように目の前にすっと立ちはだかった女性がいた。
『二宮先生、お待たせ!』その声は間違いなく聞き覚えのある香澄だったが、風貌は一変
していた。初秋らしいフレアスカートに真っ白なブラウスを身に纏い、それはどこから見ても清楚で真面目な女子高校生だった。爪も透明のマニキュアだけで顔は薄化粧のナチュラルメイクだった。
「香澄・・・ちゃん?」
『どう?見違えたでしょ?』
「・・・うん、馬子にも衣装?」
『わっひっどーい!』
そう言いながらも香澄はニッコリ笑って僕に腕組みをしてきた。《おい、おい、僕の腕におっぱいが当たっているよ。》そんな小さな心配をよそに、僕は香澄に促されて一緒に歩き出した。
2015/03/20
確かに香澄(かすみ)には家庭教師なんか必要無さそうだ。少なくとも数学について、僕の出る幕はない。教科書の基礎問題を普通に理解し、難なく解けるなら後は自分一人で問題集の応用問題をどんどん解いていけば、自然と学力はアップする。
《事情はよく解らないけど、初日で僕はお払い箱だな。どうせ今日でおしまいなんだ。》そんなことを思いながら、僕はマンガを読ませてもらうことにした。女の子のベッドに腰掛けるのは気が引けたので、フローリングの床に腰を下ろして読んでいると香澄は黙って部屋を出て行き、直ぐに座布団を持って戻ってくる。『先生、女の子のベッドにいきなり座らなかったのは偉いよ。』、「そりゃ、どうも。」
その日僕は、マンガを読み続け、香澄に促されて再び彼女の隣に座らされた時、ノックの音が聞こえた。すぐに扉が開かれて、母親がケーキと紅茶を持って入ってくる。
〚どう?お勉強は進んでいる?〛
『うん、先生が教えるの上手だから結構進んだよ。』
《何を言い出すのかと思えば・・・。》
驚いて声も出ない僕を尻目に、それを聞いた母親は満足そうに部屋を出て行った。僕はただそれを焦点の定まらない目でぼーっと見送る。
『先生?』
香澄の声で我に返ると、
『ケーキ食べなよ。』
と言って、香澄はフォークを渡してくれた。
時間はあっという間に過ぎて、“では、また来週もお願いします。”ということになった。
『ねぇ先生、この番号に掛けてみて。』部屋を出る前に、香澄に言われるがままに携帯から電話を掛けさせられる。香澄の携帯電話が短く鳴った。ディスプレイに表示された番号を満足そうに見ながら、香澄は自分の携帯に僕の番号を保存した。
僕はどうしてだか家庭教師を首にならず、それからも毎週香澄の部屋で“マンガや雑誌を読むアルバイト”が続いた。夏休みの間も相変わらずで、香澄は自習を続け、僕はマンガを読んで過ごしていたが、流石にこれではマズいだろうと思い、数学以外でもいいので見てあげようとしたら、逆に問題を出されてやり込められてしまう。
でも香澄にはそんな僕をバカにしている風なところは微塵もなくて、僕が困った顔をするのを単に楽しんでいるだけのようだった。香澄の態度は少し改まったものの相変わらずだったが、学力についていえば数学は僕の現役時代と同等で、それ以外は僕以上であることが夏休みを終わる頃には分かってきた。
そんな風にして二、三カ月が経ったある秋の土曜日、カップラーメンを啜りながらテレビ
を見ていると携帯が鳴った。『もしもし、二宮先生?』それは香澄からだった。「うん。」、
『今日、もしかしてヒマ?』と訊いてくる。いきなり失礼な奴だと思ったが、図星だったので素直に肯定をする。
『ねぇ、お買い物に付き合って!』
「いいけど、少しは接しやすい態度で僕に合わせてくれる?」
『うん、いいよ。』
そう言うと、香澄は待ち合わせ場所と時間だけを告げると電話を直ぐに切った。
香澄が指定してきたのは、人混みでごった返す待ち合わせ場所の代名詞みたいな場所だっ
た。《こんな人混みの中で、どうやって・・・見つける?》僕は時計と睨めっこをしながら香澄の姿を探した。間もなく待ち合わせ時刻というところで、僕の視線を遮るように目の前にすっと立ちはだかった女性がいた。
『二宮先生、お待たせ!』その声は間違いなく聞き覚えのある香澄だったが、風貌は一変
していた。初秋らしいフレアスカートに真っ白なブラウスを身に纏い、それはどこから見ても清楚で真面目な女子高校生だった。爪も透明のマニキュアだけで顔は薄化粧のナチュラルメイクだった。
「香澄・・・ちゃん?」
『どう?見違えたでしょ?』
「・・・うん、馬子にも衣装?」
『わっひっどーい!』
そう言いながらも香澄はニッコリ笑って僕に腕組みをしてきた。《おい、おい、僕の腕におっぱいが当たっているよ。》そんな小さな心配をよそに、僕は香澄に促されて一緒に歩き出した。
2015/03/20
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