『美鈴(みすず)』 1章その22
名C美鈴(みすず)その22
「もしもし。椎名です。」
〔もしもし。何か私にお話でも?〕と木嶋が尋ねた。
「いや。そっちが話があるんじゃないか?美鈴に君(木嶋)と話をしてくれと言われたもので。」
〔そうですか。じゃぁわかりました。短刀直入に言いますが、奥さん(美鈴)と別れていただけませんか?〕
「は~?君は何を言ってるんだ?」
〔奥さん(美鈴)からすべてお話を聞かせていただきました。あなたは最低ですよ。私が奥さんと逢ったのもあなたの指示なんですよね?それだけでも私には理解できませんが、あなたが指示したのに奥さんを責めるなんて。あなたは奥さんを自分の欲求を満たす為の道具にしているだけじゃないですか?〕
「・・・」私は怒りと困惑で無言になります。
〔あなたには奥さんを幸せにできるとは思えません。それはあなた自身が一番お解かりではありませんか?私は前にもお話しましたが、今奥様を支えているのは私です。あなたではありません。おわかりでしょ?〕
私は木嶋の言う事に返す言葉もなく電話を切りました。
「・・ママ(美鈴)・・・ママの好きなようにすればいいよ。明日にでも彼のところへ行けばいい。」
『パパはそれでいいの?』
「仕方ないさ。ママがそうしたいなら。」
その後二人に長い沈黙が続き他の客がワイワイと騒ぐ音だけが耳に入って来ました。私がただ肩を落とし煙草を咥えていると、意を決したように美鈴は口を開きました。
『パパ?・・・明日彼(木嶋)に逢ってきても・・・いいかな? 泊まりに・・・なっても・・・いいかな?』美鈴は言いにくそうに私に問いかけて来ました。
「・・・」考えが頭の中で纏(まと)まらずに返事が出来なかった。
『ダメ?』
「わからない・・今の俺には・・。」と正直に言いました。
『私ね木嶋君からパパと別れろって言われたの・・・。』
「・・・」
『けど・・・自分でもどうしたらいいのかわからないの・・。』
「・・・」
『明日彼と逢って自分の気持ち確かめてみる・・・もし私が泊まらずに帰って来た時は、私を許してくれる?』
「・・・」
『もし・・もしも・・泊まって帰って来たときには・・・私を追い出してくれれば・・・いいから・・・。』
「・・・」
結局、私は美鈴に一言も発せずにビールを一気に飲み店を後にしました。
次の日の土曜日の朝、美鈴は木嶋に逢いに行きました。その美鈴の後ろ姿を何も言えずに見送る私でした。美鈴が我が家を出てから私の頭に浮かんで来ることは後悔だけです。「私がもう少し美鈴を信用して大きな気持ちで妻を見守ることができれば、きっとこんな事にはならなかったと・・・。考えても、考えても仕方無いことはわかっている。できればこうなる前に戻りたいと・・・。」
30分ほどして私のスマホに美鈴からメールが来ました。
≪ごめんなさい。やっぱりパパ行ってくるね。≫
短いメールでしたが、それは美鈴なりに考えた私に言える精一杯の言葉だったのでしょう。花帆も出かけて私一人になった時にこれほど辛いことはありませんでした。以前に美鈴が藤堂さんと出かけた後に一人美鈴の帰りを待つ時とは、全然違うものでした。
自分で何をしているのかも分からないほどで、気が付くと美鈴が寝ている寝室へと来ていました。そこには美鈴の香りがほのかに残っています。なぜかその微かに残る美鈴の香りが私を落ち着かせ、とても懐かしく感じさせました。
そして、ごろっとベッドに寝転び天井を見上げると今までの美鈴との思い出が私の頭の中で駆け巡りました。また寝転ぶと美鈴の香りが尚更増すように感じられ、今までならこんな美鈴の香りさへも感じることなどありませんでした。
始めて美鈴と出会ってデートしたときには美鈴の香りを感じたように思えます。長年夫婦として一緒に生活してきてこんなに美鈴の香りを感じなかった自分を情けなく思いました。クローゼットにある美鈴の衣類、ドレッサーに置かれた美鈴の化粧品。この部屋は美鈴のすべてを感じさせてくれる。美鈴を感じれば感じるほど美鈴の大きさを感じる私でした。
ドレッサーの前に座りその上にある化粧品をボ~ッと見ていると、その横に置かれたゴミ箱の中にクチャクチャに丸められて捨てられている便箋を見つけました。何だろうと思い近寄り、それを手に取りクチャクチャになったものを戻していくと、そこには便箋の表に“パパへ”と美鈴の文字で書かれていました。私は慌ててその便箋をあけました。
パパへ
パパはこの手紙をいつ見つけるのかな?私がこの家から居なくなってからかな・・・。どっちにしろパパがこの手紙を見つけてくれて読んでくれているってことは、私が留守にしているか、家を出て行った後でしょうね。
パパ?今まで普通に何事も無く生活してきて、お互いにうまくいかなくなると、こんなに一緒に生活する事がしんどいなんて思わなかったね?パパも同じだと思うのだけど、私はパパとしんどくない生活に戻りたい。
もし、これをパパが読んでいてくれている時に私達がすでに離婚していたら悲しいけど・・・。パパ?もしそうだとしてもパパが私に憎しみや怒りがあってもどこかに私への愛情が少しでも残っていれば元に戻れるように努力してみてください。お願いします。
2014/10/09
「もしもし。椎名です。」
〔もしもし。何か私にお話でも?〕と木嶋が尋ねた。
「いや。そっちが話があるんじゃないか?美鈴に君(木嶋)と話をしてくれと言われたもので。」
〔そうですか。じゃぁわかりました。短刀直入に言いますが、奥さん(美鈴)と別れていただけませんか?〕
「は~?君は何を言ってるんだ?」
〔奥さん(美鈴)からすべてお話を聞かせていただきました。あなたは最低ですよ。私が奥さんと逢ったのもあなたの指示なんですよね?それだけでも私には理解できませんが、あなたが指示したのに奥さんを責めるなんて。あなたは奥さんを自分の欲求を満たす為の道具にしているだけじゃないですか?〕
「・・・」私は怒りと困惑で無言になります。
〔あなたには奥さんを幸せにできるとは思えません。それはあなた自身が一番お解かりではありませんか?私は前にもお話しましたが、今奥様を支えているのは私です。あなたではありません。おわかりでしょ?〕
私は木嶋の言う事に返す言葉もなく電話を切りました。
「・・ママ(美鈴)・・・ママの好きなようにすればいいよ。明日にでも彼のところへ行けばいい。」
『パパはそれでいいの?』
「仕方ないさ。ママがそうしたいなら。」
その後二人に長い沈黙が続き他の客がワイワイと騒ぐ音だけが耳に入って来ました。私がただ肩を落とし煙草を咥えていると、意を決したように美鈴は口を開きました。
『パパ?・・・明日彼(木嶋)に逢ってきても・・・いいかな? 泊まりに・・・なっても・・・いいかな?』美鈴は言いにくそうに私に問いかけて来ました。
「・・・」考えが頭の中で纏(まと)まらずに返事が出来なかった。
『ダメ?』
「わからない・・今の俺には・・。」と正直に言いました。
『私ね木嶋君からパパと別れろって言われたの・・・。』
「・・・」
『けど・・・自分でもどうしたらいいのかわからないの・・。』
「・・・」
『明日彼と逢って自分の気持ち確かめてみる・・・もし私が泊まらずに帰って来た時は、私を許してくれる?』
「・・・」
『もし・・もしも・・泊まって帰って来たときには・・・私を追い出してくれれば・・・いいから・・・。』
「・・・」
結局、私は美鈴に一言も発せずにビールを一気に飲み店を後にしました。
次の日の土曜日の朝、美鈴は木嶋に逢いに行きました。その美鈴の後ろ姿を何も言えずに見送る私でした。美鈴が我が家を出てから私の頭に浮かんで来ることは後悔だけです。「私がもう少し美鈴を信用して大きな気持ちで妻を見守ることができれば、きっとこんな事にはならなかったと・・・。考えても、考えても仕方無いことはわかっている。できればこうなる前に戻りたいと・・・。」
30分ほどして私のスマホに美鈴からメールが来ました。
≪ごめんなさい。やっぱりパパ行ってくるね。≫
短いメールでしたが、それは美鈴なりに考えた私に言える精一杯の言葉だったのでしょう。花帆も出かけて私一人になった時にこれほど辛いことはありませんでした。以前に美鈴が藤堂さんと出かけた後に一人美鈴の帰りを待つ時とは、全然違うものでした。
自分で何をしているのかも分からないほどで、気が付くと美鈴が寝ている寝室へと来ていました。そこには美鈴の香りがほのかに残っています。なぜかその微かに残る美鈴の香りが私を落ち着かせ、とても懐かしく感じさせました。
そして、ごろっとベッドに寝転び天井を見上げると今までの美鈴との思い出が私の頭の中で駆け巡りました。また寝転ぶと美鈴の香りが尚更増すように感じられ、今までならこんな美鈴の香りさへも感じることなどありませんでした。
始めて美鈴と出会ってデートしたときには美鈴の香りを感じたように思えます。長年夫婦として一緒に生活してきてこんなに美鈴の香りを感じなかった自分を情けなく思いました。クローゼットにある美鈴の衣類、ドレッサーに置かれた美鈴の化粧品。この部屋は美鈴のすべてを感じさせてくれる。美鈴を感じれば感じるほど美鈴の大きさを感じる私でした。
ドレッサーの前に座りその上にある化粧品をボ~ッと見ていると、その横に置かれたゴミ箱の中にクチャクチャに丸められて捨てられている便箋を見つけました。何だろうと思い近寄り、それを手に取りクチャクチャになったものを戻していくと、そこには便箋の表に“パパへ”と美鈴の文字で書かれていました。私は慌ててその便箋をあけました。
パパへ
パパはこの手紙をいつ見つけるのかな?私がこの家から居なくなってからかな・・・。どっちにしろパパがこの手紙を見つけてくれて読んでくれているってことは、私が留守にしているか、家を出て行った後でしょうね。
パパ?今まで普通に何事も無く生活してきて、お互いにうまくいかなくなると、こんなに一緒に生活する事がしんどいなんて思わなかったね?パパも同じだと思うのだけど、私はパパとしんどくない生活に戻りたい。
もし、これをパパが読んでいてくれている時に私達がすでに離婚していたら悲しいけど・・・。パパ?もしそうだとしてもパパが私に憎しみや怒りがあってもどこかに私への愛情が少しでも残っていれば元に戻れるように努力してみてください。お願いします。
2014/10/09
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